2017年07月18日

ぼくが戦争をきらいな理由 その2


 ぼくの実家は、麻布で魚屋を営んでいた。現在のなんちゃらヒルズのごく近くである。魚屋といっても仕出し料理屋を兼ねていて、華族の人たちや、大使館の人たちなどからも料理の注文を受けていた。店の屋号は「魚勝」。店を切り盛りしていた祖父(勝っちゃん)は、料理の達人でした(ぼくは食べたことないけどね)。

母から聞いたエピソードの1つにこういうのがある。ある時、店の前に車が止まって、身なりの良い杖をついた老人が降り立ちました。・・・戦前です。自家用車持ってる人なんて、そうそういるわけではなかったから目立ったのでしょう。その老人は、お店の前にたたずんでずっと見ているだけで、仕出し料理を注文するわけでも、魚を買い求めるわけでもありません。

気になった祖母が「何か御用ですか?」と尋ねたところ、「私は日本橋で(赤坂だったかもしれない、私の記憶が不鮮明)料理屋を営んでいるのだが、うちが断った注文を受けた料理屋があるとい聞いて、どんな店か見にきたんだ」と答えたそうです。

その注文というのは、ある華族の家で結婚披露宴を催すことになった。来場者は約100名。3日間にわたって宴会を行うので、3日間100人分、13食、料理もお皿もすべて違うものにして出し続けて欲しい・・・というものでした。有名料理屋が断ったそのオーダーを、勝ちゃんは「はいよ」と気軽に答え、要望通り提供したのだそうです。

料理もさることながら、魚勝には、伊万里の大皿とか、高価なお皿がものすごい数ありました。お皿たちは空襲を乗り越えたのだけど(地下に埋めたそうです)、戦後の焼け野原で「お皿を見張っていた」祖母が騙されて、ぜんぶ盗まれてしまいました。

1枚くらい残しておけよ。って時々思います。大皿、見て見たかった。

CCF_000097.jpg
ぐるぐる回してみたかった・・・あかんで!


posted by jin at 12:42| 東京 ☀| Comment(0) | ぼくが戦争を嫌いな理由 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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